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俳優(男性)

整形していた!松田龍平翔太の父松田優作の破天荒すぎる人生と生い立ち

2017/02/16

現在、若手俳優の中で圧倒的な存在感を持つ松田龍平さん・翔太さん兄弟。
こんな才能の塊の松田一家について調べてみたところ、一家の主・松田優作さんの破天荒すぎる人生生い立ちが明らかになってきました。

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松田優作のプロフィール

氏名読み まつだ ゆうさく
生年月日 1949年9月21日
出身地 山口県下関市
身長 183cm
血液型 A型
職業 俳優

(2016年9月現在)

松田優作は在日?複雑な生い立ち

松田さんのお父さんは日本人、お母さんは在日韓国人二世。松田優作さんはこのふたりの間に非嫡出子として1949年に生まれました。

「非嫡出子」とは婚姻関係にない男女から生まれた子供のことをいいます。

お父さんは他に家庭を持っており、お母さんと不倫をして出来た子が松田さんということになります。

松田さんは、遊郭の一角で生まれ育ったという情報があるので、松田さんのお母さんは遊郭で働いていた方なのでしょう。

2人の異父兄がおり異母兄弟もいるという、複雑な家庭に育ちました。

現代の感覚で考えると衝撃的な事実ですが、当時はよくあったことなのでしょうか。

松田優作の経歴と人気俳優までの道のり

1967年に母の指示でアメリカへ留学。

しかし、言葉のギャップや環境の変化に耐えられず、無断で学校を中退、帰国

地元の山口県下関市から上京し高校・大学を出たあと劇団員となり、そこで最初の奥さん・美智子さんと出会います。

その後、1973年に刑事ドラマ「太陽にほえろ!」にジーパン刑事としてレギュラー出演。殉職シーンは有名ですよね。

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この頃、帰化申請を行い日本国籍を取得し、それを機に本名の金優作から松田優作に改名。

帰化の理由はのちに、以下のように公表されています。

現在は松田優作という通称名を使っているので番組の関係者にも知られていませんが、もし僕が在日韓国人であることがわかったら、みなさんが失望すると思います。

当時は彼が元在日韓国人であるということは隠されていたようですね。

松田優作の暴力事件とその背景

実は松田優作さん、一般人への傷害容疑で逮捕されたことがあります。

1976年1月31日
刑事ドラマのロケの打ち上げの席で19歳の予備校生に対し複数人で暴行。
全治3ヶ月の重傷を負わせ、傷害容疑で逮捕懲役10月、執行猶予3年の有罪判決を受けました。

それがきっかけで、1年間テレビドラマのレギュラー出演を自粛。

確かにちょっと悪そうなイメージはありますが、逮捕歴があるとは驚きです。松田さんは短気な性格で、興奮すると手が出ることが多かったそうです。そういった部分は、次男の翔太さんが受け継いでいるかも知れませんね。

関連記事:松田翔太の英語とスキーがすごい!熱愛彼女や性格、wiki風プロフィール

松田優作の二度の結婚と自殺未遂事件

前述した最初の奥さん、松田美智子さんと1975年に結婚。女の子をもうけています。

しかし結婚生活はわずか6年。1981年に松田さんの不倫が原因で離婚しています。

その不倫相手が現在の奥さん、松田美由紀さん(当時は熊谷姓)です。

そしてこのとき、衝撃的な事件が起きていたことがわかりました。

美由紀さんとの出会いは、松田さんの代表作「探偵物語」での共演がきっかけでした。

美由紀さんは、当時18才の高校生で、しかも既に別の男性と結婚していたのですが、松田さんと恋に落ち不倫へと発展。

松田さんは当初、美由紀さんに、「お互い既婚者で、自分には娘もいるため離婚はしない」と伝えていましたが、美由紀さんは諦められず松田さんの自宅に押しかけ、美智子さんと娘の前で「結婚できなきゃ死んでやる」と、ナイフで手首を切り自殺未遂を強行したのです。(!!!!!)

それを見た松田さんは、「今まで見たことがないエキセントリックな女だ」と衝撃を受け、「この女から離れられない」と感じ、美智子さんとの離婚に踏み切ったというのです。

これ、ドラマじゃないんですよ?実話なんです。かなり衝撃的ですよね・・・。

しかも、普通子供の前で自殺未遂とか引きますよね。

普通だったら。

それを魅力的に感じるなんて・・・破天荒すぎます。

松田美由紀さんってなんとなく個性的な女優さんだなーと思っていたんですが、このエピソードを聞いてそれが腑に落ちました。常人との違いって雰囲気に醸し出されるものなんですね。

松田優作の復帰とハリウッドデビュー

その後、時間を経て俳優業に復帰。

徐々にアクションから離れ、本格的に演技派俳優への道を模索し始めます。

1988年、アメリカ映画「ブラック・レイン」に出演。念願のハリウッドデビューを果たしました。

松田優作の人気絶頂に襲う突然の病

実は、前述したハリウッド撮影に入る前から、すでに病気の症状に悩まされていました。撮影中に自身が癌に侵されていることを知るも、延命治療を拒み出演したのです。

そして、1989年11月6日
膀胱がんの腰部転移のため40歳でお亡くなりになりました。

このとき、龍平さんは6歳、翔太さん4歳、Yukiさん2歳。

もちろん芸能界には衝撃が走り、松田さんが弟の様に可愛がっていた俳優の仲村トオルさんは「優作さん!起きてください!早すぎるよ!」と泣き叫んだとか。

松田優作が没後もなお愛される理由

破天荒な人生を送ってきた松田優作さん。

暴力事件を起こしたり、不倫ののちに離婚、再婚など、現代なら復帰出来ないようなことをしてもなお愛され、尊敬されるのにはワケがあります。

カリスマ性

人気絶頂期には一般のファンだけでなく、同業者の後輩までもが、松田さんの服装やスタイルを真似する程のカリスマ性がありました。漫画「北斗の拳」のケンシロウのパーソナリティー面でのモデルともなったそうです。

仕事に対する熱意

アクション俳優時代には、スタントマンを極力使わないことでも有名でした。

また、芝居に対して非常に勉強熱心で、演出家に対しても徹底的に食いつきました。

こういった面は次男の翔太さんが受け継いでいるような気がしますね。

仲間を大切にする

暴力的なイメージがある松田さんですが、むやみやたらと暴力をふるっていたわけではなく、自身の信条に反する行動をされたときのみだったそうです。

そして仲間をとても大切にし「優作ほど先輩を立てる役者はいなかった」と多数の友人が語っています。

繊細な一面も

下積み時代に「売れないのは一重まぶただからだ」とコンプレックスを持ち、切開法で二重に整形しました。

当時は整形手術も高額な時代。抜糸にも別途莫大な金額が必要と勘違いし、裁縫用の小さなハサミで自身で抜糸したとのことですから驚きです。

まとめ

松田優作さんについての情報はこれで以上です。

松田美由紀さんとのいきさつはかなり衝撃的ですよね。筆者は松田さんが活躍されていた頃を知らない世代なので、今回で松田さんのことが少しわかった気がしています。

こんな多くの魅力の持ち主の血を受け継ぐ松田家のみなさんの今後にも注目ですね!!

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松田一家についての記事はコチラ。

松田翔太(次男)

松田翔太

松田翔太の英語とスキーがすごい!熱愛彼女や性格、wiki風プロフィール

小林且弥(甥)

小林且弥

松田優作の甥なのに小林且弥の情報が少ないワケ!性格、多重債務にうつ病

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